レストランが高級になればなるほど、親しみやすさや気遣い、フレンドリーさがなくなるがそれはなぜだろう。
こんな興味深い疑問に答える学術書があります。『「闘争」としてのサービス』です。
サービスとは闘争である
こんな意味深いメッセージを提示する本書。著者はPARCで研究した、エスノグラファー。
会話分析という手法を用いて、鮨屋、フレンチ料理、料亭などで客とサービスを提供する店員、職人とのやりとりを分析した結果、漂う緊張感は「サービスが悪いorない」のではなく、そこに「闘争としてのサービス」が見られるということであるという解釈をしています。
この本を読むまでは、サービスとは顧客のために笑顔で尽くすことをイメージしていました。例えば、リッツ・カールトンが、顧客のために感動を提供しているという話がよく出てきます。
満足を超える「感動」で差別化 ザ・リッツ・カールトンの戦略 (1/2) - ITmedia エグゼクティブ
このような「顧客に感動を与えることがサービスである」という考えからすると、緊張感の漂うお店はサービスが悪いお店と捉えがちになってしまいます。例えば、一般的な価値観からすると、メニューがなく価格も表示さず、職人さんも無愛想で一見さんお断りの雰囲気漂う高級お寿司屋さんは、サービスの悪いお店の代表格と考えることでしょう。
しかし、本書では
・サービスは客のニーズを満たすのではなく、客を否定することから始まる。
・お互いの力を示し、相手の力を見極め、お互いを承認することがサービスである。
という捉え方をしています。
すなわち、サービスとは闘いであり、緊張感が伴うものであるという考えです。闘いとは、客が自らの力を見せ、その力を見極められるやりとりのこと。力は、自分の能力、経験、余裕、趣味などに結びつくものです。
客に求められるのは、サービスを読み解くことである。飲食サービスでは、客が料理を理解できること、例えば、ワインの産地やヴィンテージを理解していることなどが重要な要素となる。同時に、客にとってこの読み解きが簡単であってはいけない。むしろ、客が読み解く努力をしながらも、完全に読み解くことができないように構成されていることが重要になる。
(『「闘争」としてのサービス』p.176)
さらに、力を付けたお客がお店に足を運ぶことで、お店の質をあげるというメリットがあると主張します。
鮨を真剣に味わうお客様が減れば、職人も緊張感を失い店の味は落ちます。(中略)お客様が最高の味と雰囲気を楽しんでこそ店の真価が伝わる。その味わいがお客様の味覚を育て、真剣勝負する職人を鍛え、店の味を高めるのです。(中澤圭二『鮨屋の人間力』p.17)
(『「闘争」としてのサービス』p.146)
職人が客に挑戦をすることによって、客は経験を積むように促されます。客が経験を積んで鮨をより理解することによって、それが次に職人への挑戦となり、職人が腕をあげるきっかけとなるのです。このように、お客とお店のお互いを高め合う過程でお店の力も上がっていくのです。
読み解きが緊張感を生む
こだわりの料理人が作った料理を食べる、素晴らしいお酒を飲むということは、料理や酒を読み解くことに他なりません。その読み解きには面白さが隠れています。
サントリーの名誉チーフブレンダー輿水精一氏は響12年をブレンドするにあたって、世界で売れるものを意図的に狙ったという。そのときに、わざと梅酒樽の原酒を少し混ぜた。日本ならではのこの原酒を混ぜることで味が劇的に向上するということではなく、梅酒樽が入っていることを客に伝えることで、客はそれを飲むときにその味を探索するようになる。これにより、客にとって味わうことが特別の体験となる。ただ飲んで終わるのではなく、舌の上で味や香りを探索しながら味わう。そして、世界のバーテンダーがそのようなうんちくを話すことができるようにすることを含めて、デザインされている。
(『「闘争」としてのサービス』p.178)
読み解くことが求められるサービスにおいては、客が力を試されているという意味で緊張感が生まれます。同時にこの緊張感がないと、客はサービスを真剣に読み解こうとはしないのです。だから、意図的に緊張感を生み出す工夫(情報が少ない中での判断を求める。例:ウィスキーの味から梅酒樽の香りを探し出す)をするのです。
もちろん、全ての高級料理店がこのようなタイプのサービスを提供しているわけではありません。ただ、この種の緊張感漂う飲食店があるのは事実です。なぜ、このような飲食店が存在し続けられるのかという疑問があったのですが、緊張感こそサービスであり、それは闘いであるとする考えは斬新で目からウロコでした。
専門用語が多い学術書ですが、じっくり読むと様々な発見がありとても面白い本でした。
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